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カレーからみる大人の倫理観 「卒業するということ」

*誰も見てはいないとは思うが、あまり発達心理学系の本は読んでいないので、かなり浅はかな内容になってるし卒論がやべぇ
インドカレーを食べたことがない人はいないだろうか。
新潟では近年なぜかインドカレー屋が増え、親しむ機会も多くなっただろう。(一説には中古車市場の不況にあぶれた中東人が始めたとする説があり、また実際鎬を削るロシア系ですらお国の店がちょこちょこ増えている)
インドカレーというのは決定的にハズレがないかわりに、日本人の舌的にどれも変わり映えのしないアタリのない食品であることが多い。
なので私はインドカレーが好きな人というのを甚だ信用していない。(自分もまたインドカレーが好きなので自らに信用がないと言えよう)

が、この「インドカレー好き」の層の中には同時に同じカレーでも欧風カレーやいわゆる食堂のカレーというものが嫌いな層が含まれているような気がする。(かといって統計をとったわけでなく、身近に2,3人いるばかりだが)
これらは多くの外食ジャンルにも共通していえることだが、たとえばイタリアン(B級のあれではない)が好きというのにナポリタンが嫌い、ラーメンの鶏白湯や魚介豚骨が好きというのに東京ラーメンは嫌い、というような、何か「子供っぽいもの」に対する忌避感というものが感じられる。
これは別に、大人舌があーだこーだとか、浅はかで物珍しさの消費、ファッションのデータベース消費とかという点ではなく、「大人になることへの切実さ」といったものだ。
「子供っぽいもの」を卒業して「大人になる」、そのために子供っぽいものを排斥していく。
小児向けコンテンツをそのターゲットの年齢層を離れて消費することへの著しい嫌悪感を呼び覚ますことは実感できうるだろう(キモオタ諸氏なら覚えがあると思うが、小児向けコーナーの何が痛々しいかというと、小児からの「なぜ早く卒業しないのか」といわんばかりの視線がそれなのだ)し、また子供も「大人っぽい」コンテンツへの憧憬、背伸びたがりというものを持ち得るだろう。

つまり子供ですら、大人になることへの切実感を持って生活しているといえる。(まぁ純真な子供だからこそ、消費社会の「からくり」といったものを見抜いての言葉と捉えることもできるかもしれないだろうが)
そうなってくると、何か日本人(ないしは人類)のイニシエーションの普遍さを感じざるをえない。

なぜ人は卒業したがるのだろうか。
大人になることはそんなにも重要なのだろうか。
さらには、そういうのならば大人であることを振りかざしてはいまいか。
さらにさらに、そういうのならば、大人ぶるモノは、はたして本当に大人であるのだろうか。
私は大人なのだろうか。

年をかぞえて24とチョイチョイ、まだまだ未熟であるのか、はたまた熟しきって腐っていくのか。
誰か試金石を教えてくれ。


うひゃ
  1. 2014/08/28(木) 00:25:16|
  2. 未分類
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  4. | コメント:1
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コメント

人格は積み重ねであるから下層にある子供の心理は抜くことは出来ない。むしろそこを土台に大人っぽさが演出されている。
事実、深く酔ったり混乱状態では子供っぽくなる人がいるのはそういうこと。昔から言われているように三つ子の魂百まで。そのとおりなのである。
大人と子供という言葉があるだけで実際全く変わらない人間なのである。

子供を卒業して大人なになるのなら、「卒業」とは過去を捨てるのではなく次へ移るという積み重ねである。ただの背伸びであるのかも知れない。
  1. 2014/08/28(木) 14:20:16 |
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  3. み #EhHr0U/E
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