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純粋/不純

かなりのところで純粋であることがもてはやされているけれども、そもそもその純粋性というのは非常にむつかしい話だと思う。
たとえば、原作をやったことがないのに、アニメを見てからファンになりました、とか、ひどいものだと原作を批判したりする。
原作ファンとしては複雑な心境だ。
fateなんかは特にひどかった。
にわかのくそったれどもを鏖殺してやるといきりたっていたけれど、そもそもそれもまた一つの価値観だと思う。
もちろん、同じ土俵の価値観の序列や優勢劣勢というのは本来的に設定されてしかるべきだけれども、ふとそこから離れてみたときに、その対立する価値観はほぼ無意味に、等価値になる。
また、純粋であることを求めても、自らは真に純粋であるか、という問題もある。
もし、発言、批判の権利が、それを行っているものにしか許されないのだとしたら、それはきっと違うことなんだろう。
それで言うならば、イエスは商売女に不潔であると石を投げつけていた民衆に、これまで一度も天に恥じる行為をしたことがないものだけが石を投げよといい云々の話と同じアナロジーだろう。
(アナロジーが同じでも、ロジックは同じだろうか?)

結局汝の隣人を愛し、許すというのが寛容なのだろう。
それは究極の利己であり、相手を愛し許すことでまた万人にユーティリティを拡大することで、自らもまた自らに許し愛されるということである。

最近宗教かぶれになってきたので、
戯言戯言


うひゃ
  1. 2013/06/16(日) 21:39:05|
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